PART 1 ミラノ~成田間。途切れることのないコールドチェーンを実現するために。ヨーロッパの繊細な高級食材は、いかにして運ばれてくるのか?
日本の食文化は、一昔前に比べると格段に豊かになってきている。日本は世界中のあらゆる食文化を体験できる希有な国の一つだと言えよう。生産地の鮮度や風味などが損なわれずに食卓に載せられる。現在私たちは、そのような外国の食材を当たり前のように享受することができるが、実はそこには温度や湿度、衛生面、リードタイムなどが徹底的に管理された物流システムによって実現されている。
ここではその一例としてイタリア産の生ハムが、生産地からどのように食卓に運ばれてくるのかを紹介しよう。その裏で、物流に関わる人間たちのドラマがあるのだ。
「海上輸送から航空輸送に切り替えたい。その際、もちろんコストが多少割高になるとは思うが、できるだけ安価で、かつコールドチェーン※を保ってもらいたい」
東京輸入第三支店の営業、青山悦之の元に一本の電話が入った。既に取引のある大手小売店の仕入れ担当者だった。
今ではスーパーマーケットなどの小売店で、当たり前のように陳列されている生ハム。とはいっても輸入品は未だに高級食材として認知されている食品の一つだ。特に今回対象となるイタリア産の生ハムは、本場ならではの味と風味が珍重されている。
海上輸送だとどうしても輸送にかかる時間が数十日と長くなってしまう。その分賞味期限の日数が輸送日数にとられてしまうことになる。小売店としては、人気食材である生ハムを陳列棚から在庫を切らすわけにはいかない一方で、賞味期限の短い食材を大量に抱えることはリスクが大きい。そこで小回りのきく航空輸送に切り替えたいというニーズが生まれたのだった。
※コールドチェーン…輸送の際、一定の温度管理が途切れることなく保たれること。
青山は早速、社内の関係セクションとの調整に入った。まずやらなければならないのは、新たな物流スキームの構築だ。海上から航空へ輸送手段を変えるということは、当然だが物流のフロー全体を再構築することを意味する。
青山はまず貨物の引き渡し側、つまりイタリア・ミラノの現地法人と物流フローの検討に入った。ポイントは3つあった。まず1つ目は、コールドチェーンを維持するためのフローの構築。2つ目は、1回の出荷が数トンにも及ぶ大量の貨物を運ぶための航空機スペースを確保すること。しかもその位置は一定の温度を維持していなければならない。そして3つ目の課題は、直行便でなければならないこと。いくつもの経由地を巡っていては、コールドチェーンが断たれる可能性がある。さらに食品というナーバスな貨物だけに、経由地ごとで検疫しなければならないという問題も絡んでくるのだ。
青山は上司の課長である小祝敏彦と連携し、ベストな物流フローを組み立てる作業に入った。小祝はミラノ支店に連絡を入れ、航空機のポジショニングをネゴシエーションする。一定温度を維持し、かつミラノと日本の直行便がベストだ。さらに一度に大量の物量を輸送することを考えると、貨物航空便が最もニーズにマッチする。その便を確保するためにミラノサイドと共に航空会社へアプローチし、価格交渉も含め商談にまとめあげていく。
一方、青山はコールドチェーンのフローを徹底的に検証した。今回は直接ミラノまでは足を運ばなかったが、場合によっては、フローの組み立てを現地で一緒に行うこともある。
その一方で荷物の引き受け側も、この案件に対応するフロー構築を行っていた。そこで活躍するのが、成田カスタマーサービスの臼倉裕紀のいるセクションだ。
「カスタマーサービスの仕事で重要なことの一つは、輸入通関の手続きをスムーズに行うことです。特に食品の場合は、衛生面、つまり検疫関連でさまざまな申請を行ったり、サンプル抽出試験などが行ったりする必要が出てきます。それらを全てクリアにして、無事日本に荷物を入れることが出来るのですが、私たちの仕事は、直接日本の食の安全に影響しますので、出来るだけ早く作業を終わらせ、できるだけ早くお客様にお届けするという顧客ニーズを満たしながらも、一方では食の安全を守るという重責も担っているのです」と語るのは、臼倉の上司である課長の及川季信だ。
このプロジェクトがスタートした時点で、青山のいる営業と臼倉のいるカスタマーサービスは、密に連携を計っていた。
そして臼倉は、検疫関連の手続きに必要なものを洗い出す一方、成田空港内でのコールドチェーンを維持するためのシミュレーションも行っていた。
「できるだけ手続きや検査を早く終わらせ、航空機から倉庫、倉庫からトラックと移動させるフローの中で、穴はないか? もっと時間を短縮するための工夫はないか? などを検証していきました」(臼倉)
こうして、一連の物流フローが構築され、最初の輸入から数カ月は、何のトラブルもなく順調に進んだのだった。
「スタートは順調でした。でもそれは冬場だったからなのです」と青山は語る。
通常、航空機が成田空港に到着してから倉庫に搬入されるまでは2時間弱かかる。更には、倉庫内で到着した全ての貨物と事前に輸出国で発行されたリストとを付け合せて、確認が取れて、やっと倉庫内の冷蔵庫に移動され保管される。夏場だと、その作業の間は30度以上の外気にさらされることになる。つまり、コールドチェーンを維持できなくなるのだ。
「もちろん予測はしていました。貨物が着いた当日は、電話で何度も『早くしてくれ』と連絡を入れます。ただ実際の仕事となると、現場に指示しているだけではダメなんです。空港内での手続きの場に立ち会ったり、倉庫での作業を見守ったりと、実際に自分が現場に行くことが重要になります。結構、そういったヒューマンタッチでのネゴシエーションが必要なのです」(臼倉)
さらに検疫検査のチェックが遅くなったり、航空機の到着が遅れたり、その上それが土日を挟むとなると、どんどんお客様への配送時間が遅れてしまう。
「金曜日に届く便が多いのです。そこで検疫機関にはあらかじめ事情を話して、何とかその日中に全ての検査や手続きを終えてもらうといった交渉を行うこともあります」と及川は語る。
「荷受側の成田での一連の作業をスムーズに行うのが私たちのミッションです。やれることは全て手を打ちます。もちろん臼倉などの若手にはどんどん現場に行かせて指示を出させます。物流の本当の現場はそこにあると思うからです」(及川)
「カスタマーサービスが、現場でどのような苦労をしてくれているのかは、私にはわかります。なぜなら私も6年間、そこで仕事をしていたからです」と語るのは青山。
「プロとしてあうんの呼吸で対応してくれるという信頼感。私たちの仕事は一人で完結することはできません。社内が連携し初めて成立するのです。私はこのチームの一体感のようなものがとても好きです」
青山も臼倉と一緒に倉庫や冷蔵庫内の貨物を確認することもあると言う。営業もカスタマーサービスも、貨物を確実に運び届けるという目的は同じなのだ。何かクリティカルなことが起こっても、常に連携してベストな対応を行う。たとえそれが凍えるような現場でも、汗まみれの重労働が待っていようとも、時に厳しい交渉であろうとも。